【モスクワ=石川陽平】ロシアが水素の生産と輸出に乗り出す。2035年に年200万トンを欧州やアジアに輸出する目標で、川崎重工業など日本企業と対日輸出の検討にも入った。世界で二酸化炭素(CO2)を出さない「脱炭素」の取り組みが広がる中、資源大国ロシアも化石燃料に依存するエネルギー輸出の多様化を迫られている。

次世代エネルギーとして注目される水素に関する新たな政府方針は、エネルギー省のソロキン次官が日本経済新聞に明らかにした。ロシアの水素生産は現在、国内の一部の工業用にとどまるが、24年までにまず20万トンの輸出を始め、35年に10倍にする目標だ。このほど政府が策定した「35年までのロシアエネルギー戦略」にも盛り込んだ。

ソロキン次官は「ロシアにはより大きな潜在力がある」として、商業化にめどがつけば、さらに輸出量を増やせるとの見方を示した。水素の生産方法については、「全ての種類を手がける意向だ」と指摘した。

ロシアは(1)天然ガスなど化石燃料から製造する「グレー水素」(2)化石燃料をベースにCO2回収と組み合わせてCO2排出量をなくす「ブルー水素」(3)再生可能エネルギーからCO2を排出せずに製造する「グリーン水素」のいずれも生産したい考えだ。(3)では原子力発電の利用も検討しているもようだ。

ただ、同次官はロシアが豊富に埋蔵する天然ガスから取り出すことが「最も合理的で経済的な方法だ」と指摘した。生産コストは、水を電気分解する方法に比べて2分の1から4分の1だと説明し、ロシアには水素の生産と輸出で競争力があると説明した。

このため、ロシアが優先的に取り組むのは、「グレー水素」と「ブルー水素」になりそうだ。ソロキン次官は、消費者は将来「ブルー水素」を増やしていくと予想しながらも、その過程で「グレー水素」にも需要があると見ている。

ロシアでは水素生産の新たな国家方針を受け、国営天然ガス会社のガスプロムや国営原子力会社ロスアトム、様々な産業技術を担う国策会社ロステフ、科学アカデミーなどが水素の生産、輸出に向けた技術開発や市場調査に着手した。巨額の投資が必要とされるため、政府による財政支援も検討する。

ソロキン次官は有望な輸出先として、大きな需要が見込まれる日本や中国、韓国といったアジア諸国やドイツやフランスをはじめとする欧州諸国を挙げた。水素利用が見込まれる産業分野としては、自動車など輸送機械や電力、化学、肥料、石油加工などに言及した。

同次官によると、ロシアからの水素輸出では、輸送のコスト低減や安全性の確保が最大の課題になる。欧州へは既存のガスパイプラインに混入させる方法などを、日本などアジア輸出は船舶による輸送も検討している。

世界では温暖化をもたらすCO2の排出削減が大きな課題だ。多くのCO2排出につながる化石燃料を減らす動きが広がり、よりクリーンな水素が次世代エネルギーとして期待されている。各国の政府機関や企業が研究開発を急ぎ、生産の拡大も進んでいる。

欧州連合(EU)の欧州委員会は7月、新たな水素戦略を発表し、30年までに「グリーン水素」の生産量を1000万トンにする目標を打ち出した。日本政府も17年に水素の生産や技術改革、インフラ整備を盛り込んだ「水素基本戦略」を策定した。中国は水素生産量で世界のトップだ。

国際エネルギー機関(IEA)の持続可能な開発シナリオ(SDS)によると、世界の産業部門別水素需要の合計は19年に7100万トンだったが、40年には13000万トンを、70年には5億トンを超す。発電容量で1ギガワット(およそ大型火力発電所1基分)は年間30万トンの水素に当たる。

ロシアは米国やサウジアラビアなどと並んで石油や天然ガスなど化石燃料の輸出大国だが、ノワク・エネルギー相は11日「水素に多くの注意を払っている」と指摘した。ソロキン次官は水素輸出について「ロシアは世界のエネルギー問題で信頼されるパートナーであり続ける」と語った。

世界で「脱炭素」が進めば、化石燃料の輸出が支えるロシア経済は打撃を受けかねない。EUが導入を表明した、環境規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税を課す国境炭素税も打撃になる可能性がある。「エネルギー大国」の地位を維持するためには、水素輸出の検討も急がざるをえなくなっている。

日本との協力に期待

エネルギー省のソロキン次官は、日本との協力について「水素の潜在力の大きな需要国であり、技術大国でもある」として強い期待を示した。対日輸出の実現に向けて経済産業省や日本企業と検討に入っていると明らかにし、「将来、政府間で具体的な計画を盛り込んだ協力文書に調印したい」と表明した。

日ロ協力では、国営原子力会社ロスアトムも日本経済新聞に、ロシアから日本への水素供給のパイロット事業で、同社子会社と経済産業省や川崎重工との事業化調査を21年中に終えるとの見通しを示した。ソロキン次官は「日本の協力企業はさらに23社増える」と述べ、商社などとも協力したい考えを示唆した。

川崎重工は日本で水素エネルギーの商業化を主導する企業の1つだ。同社もロスアトム子会社との調査協力の事実を確認したうえで、「ロシアもオーストラリアやノルウェーなどと同様に、将来の水素輸出に関する高いポテンシャルがある」とコメントした。

ノワク・エネルギー相は911日、梶山弘志経済産業相とビデオ会議を開き、水素エネルギーについて2国間協力の展望ある分野だとの認識で一致した。日本はロシアとの間で石油や石炭、液化天然ガス(LNG)の開発や輸入で協力を深めてきたが、水素分野も新たなエネルギー協力の柱になる可能性がある。